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フィンランドにおけるアントレプレナーシップ | フィンランドに教育視察に行ってみた(4)

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(訪問したヘルシンキ・インターナショナル・スクールのオフィス。フィンランド式幼児教育を輸出する、産官学連携で生まれた私立幼稚園だ)[くぼようこ撮影]

2018年9月末、フィンランド(ヨエンスー・ヘルシンキ)へ教育視察に行ってきました。本稿では現地での視察レポートをお届けします。【注…本稿では現地で見聞きした事柄について紹介します。自治体や学校の裁量で行われていることも含まれるため、紹介している情報=フィンランド全土のスタンダードではないことを予めご理解ください】

フィンランド人の起業家精神の源とは

予測不可能な社会において、新しい事業を創造する、起業家精神を育むアントレプレナーシップ教育が、世界で注目されています。

日本国内では経産省がみずほ情報総研に調査を委託した「起業家精神に関する調査事業」において、日本は起業家精神が極めて低い、という結果が出ました。(2016年度調査で日本は5.3%、米国12.6%、香港9.4%)

フィンランドは同調査で、日本と比べて起業家精神がそう非常に高いわけではない、という結果が出たものの(同調査で6.7%)、若者の失業率の高さに(若年層(15〜24歳)の失業率が22.4%)、必要に迫られて起業する若者もいるよう。 セーフティネットが充実しているため、「失敗しても大丈夫」という安心感があり、起業に対する心理的ハードルはそう高くないといいます。

Trustの文化

そしてもう一つ、フィンランドのアントレプレナーシップを考える上で重要なのが、教育の哲学「Trust」の文化です。

私がフィンランドに滞在している1週間足らずの間に、私はこの「Trust」の言葉を2人の方から聞きました。 1度目は東フィンランド大学での教育学の授業で、そして2度目は、フィンランド式の就学前児童教育を世界展開する、HEI(Helsinki International Schools)でです。

子どもが生来持つ力へのTrust

Trust(信頼)の意味は2種類あります。 1つは教員への信頼。フィンランドでは日本と比較しても学校や現場の教員の裁量が大きく、目の前の生徒に応じて教え方や教える内容を変えることが可能です。しかしそれは、その教員を政府や自治体、家庭が信じなければ実現しません。

そしてもう1つが、子どもが生来持っている能力や本能、資質に対する信頼です。

例えば私がHEIで聞いたのは、こんなシーン。
家族で夕飯を食べている時。2歳の我が子がご飯を食べようとして、口の周りをべったり汚す、手で食べ物を掴む、スプーンを振り回す…。
子どもが自分自身で上手にできない時、つい大人としてはイライラしたり、見ていられなくなったりして、手を出したくなります。

HEIの先生はそんな時、子ども自身に本能的に備わっている力、例えば食物を食べて生きようとする力、危険を避けようとする力を信じて、じっと見守るんだそう。

それを聞いて、私は思わず「忍耐力が必要ですね!」と返してしまいました。 大人がやってしまう方が、子ども自らの力に任せるよりも、ずっと速くて楽ですよね。

さらに、子ども同士が学び合う力・自然に真似ていく力も大切にしているんだそうです。理解している子が、分からない子に教えてあげる。教える方も理解が深まる、良いシステムです。

失敗はカッコ悪いこと?

こうした話の中で見えてきたのは、日本の、間違えや失敗を恥ずかしいと思い恐れてしまう価値観と、フィンランドの、失敗ありきで気軽に何でも自分で取り組もうとする価値観の違いです。

フィンランドでは、失敗は格好悪いことではありませんでした。家庭での小さなトライアンドエラーに始まり、学校でもチャレンジが奨励されています。

さらに、幼い頃から何でも自分でやっていく中で、自立心も育まれます。親も我が子から独立しており、個人個人が確立している印象を受けました。
正直「失敗すると(心が)折れちゃうタイプの子もいるのでは?」と思います。 しかし、心が折れてそれっきり、なんてことはない。再起する力(=レジリエンス)も含めて、子どもの本能や資質を信頼しているんだ、ということなのかもしれません。

HEIに見たフィンランドの教育輸出とアントレプレナーシップ

そんなフィンランドのアントレプレナーシップの事例で印象に残ったのが、前述した

HEI(Helsinki International Schools)。フィンランド式の幼児教育を輸出している幼稚園です。

この幼稚園が、個人的にはとっても面白かった!

驚いたことは、この幼稚園が産官学連携で創業されているということ。

フィンランドの国立大の一つヘルシンキ大学が創業に関わり、シェアホルダーにもなっています。教授が教育コンテンツの研究・開発責任者を務めていて、リサーチベースドな教育プログラムを提供しているのが強みです。
そして共同創業者の1人がフィンランド教育省の元長官であり、現職の国会議員でもあるんだそう。

フィンランド式が注目→起業

フィンランドは国全体でマーケティング上手。何かと「北欧式」「フィンランド式」が話題になっているのを感じますよね。政府の取り組みが世界で話題になると、国内からそれを世界に輸出しようとする事業家が現れる、という流れがあって、HEIもその中の1つ。

他の事例には、フィンランド式「ベイビー・ボックス」の輸出が挙げられます。 1938年からフィンランド政府が始めたこの施策は、子どもが誕生した家庭に、新生児のベッドにもなる可愛い箱に、オムツや衣類、おもちゃなど、新生児用のグッズを詰め込んで贈られてくる、というものでした、 これがBBCの報道をきっかけに世界で話題になると、フィンランド人の父親3人が、この箱を世界で販売しようと事業を始め、拡大させていったのです。

このベイビー・ボックスやHEIの事例にあるように、国として自国の取り組みをマーケティングして、それを活用して国内から事業家が現れる、それに産官学で取り組んでいく。 そんな流れがあるのも、「フィンランド式」の強みだと感心しました。

徹底された「フィンランド式」ブランディング

続いて、私がHEIについて思わず唸ったのは、この幼稚園の徹底したブランド管理です。 HEIでは、フィンランド式教育手法とライセンスを、幼児教育の事業者を通じて世界に展開しています。

既に中国には4園、オーストラリアにも1園、フランチャイズの幼稚園をオープンさせているそう。 全く文化が異なる国で「フィンランド式」を維持するため、教員の養成に加えて力が入れられていたのが、制作物・教材・校舎などのデザインに関する、細かいレギュレーションの設定でした。

ビックリしたのは、HEI自体はまだまだ創業したてで若い企業であるのにも関わらず、日本の大企業のコーポレートブランディングと同じレベルだったこと。

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(中国で開所しているHEIの教室内の様子)[写真提供=Helsinki International Schools]

まず制作物については、使用して良い色・配色・フォント・ロゴの利用方法などが定められています。確かにフィンランドというと、私たちはムーミンのイメージがあり、少しグレーがかった淡い色合いを想像します。そのフィンランドらしさと、子どもたちが安心できる、という観点から、色やフォントが選ばれていました。 校舎は当然、フィンランド建築。園内で使用する家具やファブリックなどは、色に加えて素材や、上記に加えて安全性の観点から選別され、定められています。

こうした話に(これはブランディングのプロが入っている…!)と確信して聞いてみたところ、やはり共同創業者の内、2名が事業開発・ブランディング・クリエイティブのスペシャリストでした(!)

もちろんデザインや色かたちの話だけではなく、フィンランド式教育がどういうものであるか、HEIはどんな幼稚園(プレスクール)か、ということがよく言語化されているのも、印象的でした。

最初からグローバル展開ありきで創業されているだけあって、こうも日本と異なるか、ということが印象的だった事例です。

さて、この連載も次が5回目。これまで4回にわたり色々と紹介してきましたが、ラストは個人的に何が最大の気づきだったのか、価値観が変わったことなのか、まとめとして紹介します。

[文責=くぼようこ]

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