(フィンランドのぬくもりあるデザインと、豊かな自然環境が、街や学校現場のいたるところで見られた)[くぼようこ撮影]
2018年9月末、フィンランド(ヨエンスー・ヘルシンキ)へ教育視察に行ってきました。本稿では現地での視察レポートをお届けします。
なぜフィンランド?
社会保障が充実していて、教育の質が高い。
北欧にはそんなイメージがあります。
中でも、今回私がフィンランドに注目した理由は、以下の3つでした。
- 2000年代PISAのランキングで常にトップクラス
- 国連が発表する「世界幸福度ランキング」で1位(日本は54位)
- 世界最大級の起業家イベント「Slush(スラッシュ)」発祥の地
2000年代PISAのランキングで常にトップクラス
OECD(経済協力開発機構)が定期的に実施している国際学力調査(PISA)で、フィンランドは2000年代、常にトップクラスの結果を出し続けていました。
PISAの各種調査の中でも、しばしば読解力・科学的リテラシー・数学的リテラシーの3つの比較が行われ、日本とフィンランド、OECD平均の推移を見ると以下のとおり。
2010年を過ぎると日本が盛り返し形勢が逆転していきますが、2000年代は日本国内ではメディア・政府も含め、フィンランドの学力の高さを実現するに至った教育手法に注目しました。
過熱する報道の中で「宿題が無い」などの断片的な情報だけがクローズアップされ(実際は宿題自体はあります)一人歩きした一方で、「フィンランド式教育」のブランドは世界に広く知られることとなったのです。
参考:
・国立教育政策研究所 OECD生徒の学習到達度調査(PISA2009)のポイント
・国立教育政策研究所 OECD生徒の学習到達度調査(PISA2012)のポイント
・国立教育政策研究所 OECD生徒の学習到達度調査(PISA2015)のポイント
国連が発表する世界幸福度ランキングで1位(日本は54位)
世界156カ国の国民の幸福度をアンケート形式で調査する、国連の「World Happiness Report2018」で、フィンランドはトップに輝きました。
調査によれば、1人あたり国内総生産・健康寿命・ソーシャルサポート・個人の自由・汚職・社会の寛容さの6つの指標で調査が行われ、フィンランドは昨年5位でしたが、ランクを上げた結果になりました。
同時に国民のみならず、移民を対象として同様の調査が行われた結果、移民の幸福度もフィンランドが世界No.1となりました。
参考:世界幸福度調査報告書(World Happiness Report2018)
世界最大級の起業家イベント「Slush(スラッシュ)」発祥の地
2008年、首都ヘルシンキで始まったスタートアップのイベント「Slush(スラッシュ)」。
現在では世界最大級の起業家イベントの一つとして、世界各地で(日本や中国でも)開催されるようになりました。
起業を促す背景には、社会保障制度によって最低限の生活は担保される、一度失敗しても再チャレンジしやすい社会システムがあるため、と言われています。
また2012年以降、それまで携帯電話シェアNo.1を誇っていた通信機器メーカーのノキアが低迷し、欧州全体の経済成長の鈍化・マイナスなどによっても経済成長率が鈍化、失業率は上がり、フィンランド国内では危機感が高まっています。
現在は15〜24歳の若者の失業率は20%を超えており、「大学を卒業しても就職できるか分からない」という空気が広がっています。
そうした中、自らビジネスを立ち上げようとする学生は少なからずいるそう。
このようにフィンランドは「アントレプレナーシップ(教育)」という観点でも、注目できる、と思いました。
フィンランドとは
では、フィンランドとはどのような国なのか。
北欧の1国で、ムーミン発祥の地。
マリメッコ・イッタラといったブランドや、今年生誕120年を迎える、20世紀を代表する建築家のアアルト、サウナ文化、フィンランドではあちこちに生えている白樺の表皮からとれるキシリトールでも有名です。
南北に細長い形をしており、東側はロシアと、西側はスウェーデンと接しています。
森林と湖といった自然が豊かな国で、日本からは実は飛行機で10時間とかからず、治安も良く、旅行しやすい地です。
(図=白地図専門店)
フィンランド共和国の特徴
フィンランドは建国100年経ったばかり。
西暦1155年にスウェーデンに征服されるとその統治は1700年代まで続き、その後ロシアに割譲されました。独立を果たしたのは1917年のことで、その後もソ連の影響を受けてきました。
また、北欧諸国共通して言えることとして、フィンランドも、国民所得に対する租税・社会保障負担が占める国民負担率の高い国です。
- 1917年 ロシアより独立、フィンランド共和国成立
- 1995年 EU(欧州連合)加盟
- 国土は日本よりやや小さく、人口は日本の20分の1以下
- 豊富な森林資源を活かし製紙・パルプ・木材が基幹産業、加えて金属・機械産業、情報通信産業が主要産業に
- 失業率が2017年時点で8.6%と高く、若年層(15〜24歳)の失業率は22.4%と極めて高く課題に
- GDPに対する税金・社会保障費が占める割合が高く44%
- 18歳以上の男子に兵役があり、期間は165日、255日、または347日
数字で見るフィンランド
フィンランドの人口は日本の20分の1ですが、1人当たりGDPは日本よりも高く、経済成長率も日本を上回っています。
しかしその失業率はOECD加盟国の中でも高く、OECD平均の5.3%を大幅に上回る8.6%で、大きな社会課題です。
日本 | フィンランド | |
---|---|---|
人口 | 約1億2,642万人 | 約550万人 |
国土 | 約378,000k㎡ | 約338,400k㎡ |
GDP(名目) | 48,720億ドル | 2,386億ドル |
1人当たりGDP | 38,440ドル | 43,482ドル |
国民負担率(租税 | 社会保障) | 42.6%(25.4% | 17.2%) | 63.7%(45.1% | 18.6%) |
経済成長率 | 1.71% | 2.1% |
失業率 | 2.81% | 8.6% |
参考:国民負担率(財務省)
フィンランドの教育制度の特徴
(フィンランド教育文化省 制作ビデオ)
日本とフィンランドの教育を比較すると、際立つのは、教育支出のGDP比率です。
私立学校の授業料も無償になるフィンランドに対し、日本では、私立学校の学費は決して安くありません。
日本の公立・私立学校の数の比は、小学校で100:1、中学校で13:1、高校で3:1。
大学に至っては国公立・私立の学費が大きくは変わらず、家庭負担の割合が高くなっています。
また、小学校の授業時間数を見ると、フィンランドの学校は授業時間が少ない・日本は多い、などと言われることもありますが、実際の平均授業時間数を見てみると、抜きんでてフィンランドの授業時間数が少ないわけではないことが分かります。
日本・フィンランド教育比較
日本 | フィンランド | |
---|---|---|
学校体系(小中高) | 6-3-3制 | 6-3-3制 |
義務教育 | 9年間(6〜15歳) | 9年間(7〜16歳) |
年度 | 4月〜3月 | 8月中旬〜翌6月中旬 |
1週間あたりの授業時間数(小学校) | 25〜29時間 | 19〜30時間 |
教育支出の対GDP率(2009年時点) | 3.2% | 6.6% |
フィンランドの教育制度の特徴を整理すると以下のとおり。
- 就学前教育(6歳)〜小中高校〜大学まで私立学校含め無償。義務教育段階の小・中学校では交通費・給食費・教科書やラップトップ含め無償。高校では教科書・ラップトップは一部有料、交通費・給食費は無償。
- 所管政府機関は教育文化省と教育庁(国家教育委員会)の2つ。教育庁は教育文化省の下部組織として就学前教育および後期中等教育段階(日本の高校と同じ段階)での職業訓練、成人教育を所管。
- 義務教育段階での私立学校数は全体の1%程度(日本は小学校が1%、中学校で8%)、大学は20校あり全て国立(日本の国公立の大学は全体の23%)
- 学校設置者は地方自治体。国からは3分の1の財政支援が行われる(日本も同様)
- 地方自治体および各学校・教員の裁量が大きく、授業方法・内容は現場に任されている
- 教員免許の取得のためには学士3年・修士2年の計5年が必要
- 小学校・中学校は住んでいる地域に問わず、どの学校へも入学を希望することができる。(最も優先されるのは自宅から最寄りの学校)
- 1970年代から義務教育に英語を組み込み現在は小学校3年生から英語教育が開始(日本も2018年度から5年生→3年生へと早期化)
- 教育の採用は各学校の校長(Head Master)に委ねられる
フィンランドの教育制度で最も特徴的なことは、6歳の就業前教育から大学まで一貫して無償であること。
さらに交通費や給食費、教科書なども支給され(高校は一部教材や設備が有料)ます。
現地で聞いて驚いたのは、「自宅から学校まで5km以上距離がある場合は、タクシーの使用が認められ、その費用も地方自治体が支給する」ということ。
生徒は、基本は自転車やバスで通学し、両親が送り迎えをすることはあまり無いようでした。
私が滞在したのは東ヘルシンキ大学のあるヨエンスーという街で、隣街とはまず50km以上離れていて、その間はひたすら雑木林や畑が続いていました。
(50kmというと、東京駅からつくばや八王子、平塚、成田あたりまで行けます)
隣街の学校を希望したら、毎日バスで片道1時間かけることになるでしょう。
フィンランドでは、住んでいる地域にかかわらず、どの小学校・中学校への入学も希望することができます。
(もちろん自宅最寄りの学校が最も優先されるため、定員の関係で受け入れられないこともありますが)
希望する学校が少し自宅から離れていた場合も、交通費補助が出れば、所得にかかわらず家庭で通学を検討しやすくなります。
参考:
・JETRO 基礎的経済指標(日本)
・外務省 フィンランド共和国基礎データ
・フィンランド教育概要2016(フィンランド教育文化省・教育庁発行)
・教育課程の時数の歴史 | 東京学芸大学大森直樹研究室
・文部科学省 報道発表「平成29年度学校基本調査(確定値)の公表について」
今日はフィンランドの教育について、まずは制度や数字など、ハードの面から見ていきました。明日以降、現地での視察を通じて見聞きしたこと(=ソフト面)を紹介していきます。
[文責=くぼようこ]
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